「結婚の起源」は2000年前のローマにあり!その「化石」は今も生きている!

昭和でも、明治でもない、「結婚の起源」のはなし。

こんにちは、akiです。皆さんは、「結婚」と聞いてどのようなことを思い浮かべるでしょうか?愛し合った男女が愛の証明として行うもの、あるいは家と家の統合、はたまた男女関係なく好きな人間同士は誰でもできる(べき)もの、、、
人の数ほど考え方に違いがある価値の一つと言っても良いのではないでしょうか。

<目次>
 ・急速に揺れる価値観
結婚の「起源」を二つの側面から考えよう 
 ・日本の法律の源流をたどる
 ・現行法の条文を見てみる

・結婚の価値観は急激に揺れている

この「結婚」をめぐる価値観は、近年急速に変化しています。まずは、晩婚化や結婚を「家同士の統合」だと考えるような風潮が廃れたことです。

そして、結婚は「男女のもの」だという価値観も変わろうとしています。2019年2月14日に同性婚を求めて日本で提訴が起こりました。そしてその直後、台湾でアジア初となる同性婚が認められるというニュースが出ました。

・結婚とは何か?

結婚をするかしないか(したくてもできないという人もいます)、また誰とするかという話は人生において誰にとっても非常に重要な問題であり、様々な問題を孕むだけに議論がなされています。

しかし、そもそも「結婚」とは何なのか?という前提についてはあまり議論がなされないまま「ジェンダー」や「倫理感」などの分野での議論が行われている印象が拭えません。

そのため今回は「法制度」という観点から「結婚」とは何かということを考察したいと思います。

・「昭和」や「明治」と比べるだけでは不十分

結婚観について語られるとき、特に「ジェンダー」の視点から「昭和」の家父長的な日本の慣習、またその基となった「民法」を作り上げた「明治」時代とこれからの結婚観を対比して語られることが多いように感じます。しかし、結婚は何かを考えるときこれだけでは「法制度」という観点からは不十分です。

もちろん、「明治」や「昭和」の価値観を越えないとこの問題が解決されないことは間違いありません。しかし、それだけでは問題の「半分が」見えるだけのような気がしています。それは、日本の民法の成立経緯を見ると分かります。

そもそも、明治時代に制定された民法は日本独自のものではなく欧米列強に海外から人を呼んできて思想を輸入したものですので、日本の法律をいくらたどってもその「起源」に立ち戻ることはできません。ましてや江戸時代に根拠を求めることもできません。これは日本の法律の宿命です(法学部生が最初にぶち当たる壁でもあります(笑))。

では、どこを見ればよいのでしょうか。答えは2000年前に作りあげられた「ローマ法」にあります。簡単に説明すると、日本が明治時代に輸入した法律はこの「ローマ法」を起源としています。つまり、一回海外の法律にさかのぼっただけでもまだ不十分で、もう一歩さかのぼらないと起源まで到達しません。

・ローマ法における「婚姻」

結婚は法律用語では「婚姻(こんいん)」といいます。「婚姻届」でこの言葉は使われているので、法律用語としては一般的に知られている気がします。これからこの記事ではところどころでこの言葉を使います。

そして「ローマ法」という言葉を初めて聞いた方もいるかと思うので説明します。「ローマ法」とは、紀元前2世紀ごろから現れ紀元1世紀ごろに地中海周辺地域を征服した「ローマ帝国」で使われていた法律で、この法律はいまのフランス・ドイツ・オーストリアなどの法律(主に民法)の基礎となったほか、18世紀までは裁判所で実際の裁判として使える法律として有効でした。

実はヨーロッパでは近年まで力を持っていた「遠くて近い法律」なのです。

それでは、ローマ法における結婚はどういう法的な意味を持っていたのかみてみます。これはとても単純です。ズバリ、

子どもの父親を決めるためです。

DNA鑑定もなかった時代には科学的に親子を証明することはできません。母親は出産に立ち会った人が見ればわかります。しかし、実際のところ父親が誰なのかということはわかりません。そのため、いわば「便宜上」母親の結婚している相手の男性を「父」だということにするのが「婚姻」という法制度です。

ちなみに、現代のように「夫婦の愛」が前面に押し出されるのは4世紀にローマ帝国で「キリスト教が国教化」された後のことです。ですから、こういうことを書くと後ろ指をさされるかもしれませんが、起源から紐解くと「愛」というのは結婚の本質ではありません

・「婚姻」が内包していた「差別」

そして、この婚姻制度にはもうひとつ大事なことがあります。ローマは人間が「自由人(いまでいう私たち一人ひとりの「市民」のこと)」と「奴隷」に分かれる身分制社会だったのですが、「婚姻」は「自由人」だけに認められていました。つまり、結婚は父も母も「自由人」であり、子どもにその身分が引き継がれるということの証明になっていたのです。

(※正確に言うと、この時代は女性や子どもに人権はなかったため、「自由人の女性」とは「自由人の男性の家庭の下にいる奴隷でない女性」という意味になります)

もちろん、奴隷も愛し合った結果子どもを持つことはできます。しかし、その子は法的には保護されません。ローマ社会において「奴隷」は「物」と同等の価値にあり、売買の対象となることはもちろん、奴隷の主人(自由人)が奴隷を自分勝手に殺害したとしても主人はお咎めを受けない(なぜなら「物を壊した」にすぎないから)など、非常に不遇な扱いを受けることになります。

また、自由人の夫婦の間に生まれた子どもではないこと(例えば奴隷と自由人の不倫)が判明した場合、実際の母と父の間は「婚姻」関係にないとみなされ、子どもの身分が「奴隷」になってしまうことがありました。ここは、父親が誰かを決める必要性ともつながります。

この視点も併せて加味すると、制度ができた当初の「婚姻」は「自由人」がその特権を子や孫世代に引き継ぐための制度だった言うことが言えます。元来結婚は非常に差別的な制度なのです。

実は、この要素がまだ日本の民法に残っている?!

ここまで、日本の法律の制定経緯をさかのぼって「婚姻」制度を見てきました。もうひとつ、この「ローマ法」の制度が現代の結婚の「起源」だといえる大事な理由があります。

それは、いまだにこの制度が日本民法の中に残っていることです。

ここまで記事を読んでいただいた方の中のほとんどの方は「やっぱり昔の法制度は野蛮なところがあったんだなぁ」と半ば他人ごとのように読んでいたかもしれませんが、実は現代の日本にまだこの制度は生きています

その「化石」が日本の民法772条です。

(嫡出の推定)
第七百七十二条 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

「民法」電子政府の総合窓口 e-Gov、http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089_20180401_429AC0000000044&openerCode=1#2808

まさに私が最初に書いた「父親が誰かを決める」ということがそのまま書いてあります。これは廃止された規定ではありません。現行規定です。実は2000年たった今日も、私たちはローマの法制度の上を生きているのです。

しかも、「確定する」ではなく「推定する」と書いているところが先ほど説明した(再びぶっきらぼうな言葉を使いますが)「便宜的に」父親を決めるという本質をはっきりと表しています。

結婚の起源が「ローマ法」にあり、それがいまも生きていることがお分かりいただけたでしょうか。では、これから私たちはどうこの法制度を変えていけばよいのかということについてこちらの記事で考察しましたので是非お読みください↓

「結婚2000年の歴史が変わる!!―よりよい法制度を目指すには 」

<参考文献>

「民法」電子政府の総合窓口 e-Gov、2019年3月15日閲覧
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089_20180401_429AC0000000044&openerCode=1#2808

「ローマ法における婚姻制度と子の法的地位の関係」、椎名法子(2018)
2019年3月10日閲覧
https://takushoku-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=72&file_id=22&file_no=1より入手可能

お読みいただきありがとうございました。

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