ナイキCMとその後の言説に関する違和感

いまだ議論されていないポイントがある!

こんにちは、akiです。

今回は、ナイキ・ジャパンが昨年11月27日に公開したCMに関して記事を書いていきます。かつ、このCMに対していくぶん否定的に書くことになります。

ナイキが公開した当該CMはこちら

そのため、まず最初に強調しておきたいことがあります。この記事は「日本に差別がない」ということを主張するために書くのではありません。この点について争う気は全くなく、日本には人種や民族にかかわる差別はあるものだと私は認識しています。

では、なぜこのCMを否定的に捉えるのか

私が指摘すべきだと考えているのは、「ナイキがこのCMを作るのにふさわしい企業であるか」、また「私たちはこのCMを見てナイキの姿勢を肯定的に受け止めるべきかということです。

何を言ってるんだ、と思われた方がほとんどでしょう。人種や民族による差別に反対するCMを作っている企業は当然に会社全体として差別に反対しているものだと誰もが思うでしょう。

しかし、私はこの点について

「本当にそうなのだろうか?」

という意識を持ってこの記事を進めていきたいと考えています。

結論から申し上げますと、ナイキはこのようなCMを作るのにふさわしい企業ではなく、むしろナイキこそが人種や民族による差別を温存することによって利益を得ているのではないかということをこの記事では述べていきます。

この記事の中心となる「レポート」

当然ですが、このような話題は憶測や私の個人的な政治的感情だけに基づいて述べることは望ましくありません。そこで、いくつかの情報源を用意しました。その中でも最も中心となるのが、オーストラリア戦略政策研究所(以下、ASPI)が2020年3月1日に公開した「Uyghurs For Sale(筆者訳:売上のために使われるウイグル人たち)」というレポートです。

英語で書かれてはいるものの、いまでもインターネット上で公開されており(URL: https://www.aspi.org.au/report/uyghurs-sale)、PDF版をダウンロードすることも可能です。

ちなみに、ASPIという組織自体が信頼できるのかということを考えた読者の方もいると思いますので、その点も明確にしておきます。

ASPI・オーストラリア戦略政策研究所は2001年にオーストラリア政府によって設立されました。組織の資金は豪州政府の国防省やその他スポンサーの寄付、そしてレポートの売り上げなどによって賄われています。オーストラリアで最も影響力のあるシンクタンクの一つであり、彼らの出す情報にはある程度の信頼性があると考えます。

そして、レポートの話題となっているのがタイトルにもある「ウイグル人」です。ウイグル人は、中華人民共和国の少数民族の一つであり、多くのウイグル人がに「新疆ウイグル自治区」という自治区の中に生活しています。この自治区の実態は再三日本のメディアでも取り上げられているため、読者の中でもご存知の方が多いのではないかと思います。

ウイグル自治区の中で行われている様々な人道上の問題のうちの一つが「強制労働」です。これは今年になって欧米のメディアを中心に広く取り上げられ、日本でも報じられていたように思います。

しかし、このレポートが問題にしているのはどのようにしてその強制労働が行われているかだけではなく、

「強制労働でできた商品を誰が買っているか」

ということです。

買い手がいなければ売りてもいない

これは売春が問題になるときと非常に良く似た構図があります。売春、特にお金に困っている若い女性が売春をしているとき、その女性を批判するような言説が世に出ると、その非難に対する反論として「買っている人に責任がある」だとか「簡単に買春できてしまう状況に問題がある」ということがよく言われます。

ウイグル人の強制労働の問題もまさにこれと同じです。「強制労働」自体が問題なのですが、それを得て利益を得る者がいるということは、強制労働によって生み出された商品を買う者がいるということを意味します。

勘の良い方はもうお分かりになったかもしれません。そうです、その強制労働で生み出された商品を買っているのが、ナイキなのではないか、ということをASPIのレポートは指摘しています。

ウイグル人の強制労働から、私たちはどのように利益を得ているか

では、どのような構造になっているのか説明します。下の図を見てください。ASPIのレポートでも図示されているのですが、英語になっているので日本語に直して、図の形も整理しなおしました。

図1:Australia Strategic Policy Institute, “Uyghur for sales”, (2020), https://www.aspi.org.au/report/uyghurs-sale, p. 9 より作成

舞台は青島にある靴メーカーです。ここには2007年より、ウイグル人の住む新疆ウイグル自治区から9,800人もの労働者が送られています。上の図では「派遣」と書いていますが、これを派遣しているのは新疆ウイグル自治区政府であり、ほとんど強制的に行われていと考えられています。

「派遣」されたウイグル人労働者は日中は工場で労働し、労働の後は夜間学校に通っています。この夜間学校は、メディアで広く伝えられている通り、学校というより「教化施設」というべき代物です。ウイグルの文化に基づいた教育ではなく、中国共産党政府に対する忠誠を誓うように教育しています。また、彼らは工場の休み期間中に地元のウイグル自治区に帰省することも許されていません。

そして、その工場から1年で700万個ものシューズ提供を受けているのがナイキです。「サプライチェーン」に隠れているのでわかりにくいのですが、これは少なくともナイキが人種差別や民族差別の片棒を担いでいるということができると思います。

やっているのはナイキだけではない
―これが本当の「Systemic Racism」

ナイキと同じような構造で、ウイグルの強制労働によって利益を得ているとASPIから指摘されている企業は他にもたくさんあります。その中には、実は日本企業も入っています。

まず、ナイキと同じく世界的な繊維製品メーカーであるAdidasやPUMA、FILAといった企業の名が挙がっています。さらには、中国は鉱物資源が豊富であることから、ITや自動車関連の産業でも同じような強制労働の仕組みが出来上がっています。

具体的企業名は以下の通りです↓

アメリカ:マイクロソフト、グーグル、アップル、アマゾン、CISCO、レノボ、DELL、BMW、GM

日本:ソニー、パナソニック、任天堂、三菱重工業、TDK、東芝、ジャパンディスプレイ

韓国:サムスン、LG

中国:ファーウェイ、OPPO、北汽集団や上汽集団などの主要自動車会社

台湾:ASUS、ACER

ドイツ:シーメンス、ヴォルクスワーゲン、ベンツ

イギリス:ランドローバー、ジャガー

見ていただければわかる通り、そうそうたる顔ぶれであることがわかるかと思います。これを1社ずつ批判していたら、もしかしたらこれを批判する私たち先進国民の生活が立ち行かなくなってしまうかもしれない、と感じさせる数です。

というより、彼らの強制労働がなければ私たちはいまの水準で生活することは不可能なのだろうと思います。Twitterなどで人種差別を批判するといっても、そのツイートを書き込んでいるスマートフォンやインターネットのシステムが、彼らの強制労働によって出来上がっているというジレンマがあるのです。

これだけでは信じられないというあなたに

とは言っても、まだ1つのレポートをお見せしたに過ぎません。「そのレポートが間違いじゃないか!!」という批判もあるかもしれませんので、そんな読者の方のためにあと3つの資料を用意しました。まずは2つの新聞記事です。アメリカ・ワシントンポスト紙が2020年11月21日に配信した記事を見てみます。

これはタイトルを読むだけで内容が丸わかりです。そのタイトルは、

Apple is lobbying against a bill aimed at stopping forced labor in China
(筆者訳:Apple社が中国での強制労働を禁止する法律に反対するロビー活動をしている)

 Reed Albergotti https://www.washingtonpost.com/technology/2020/11/20/apple-uighur/

ちなみに、さきほどのレポートでも、Apple社はウイグルの強制労働の受益者として名前が挙がっていました。さらに、ビジネス・インサイダーが2020年12月1日に報じた記事のタイトルは、

Nike, Coca-Cola, and Apple reportedly lobbied to weaken a bill aimed at preventing them from manufacturing products in China using forced Uighur labor
(筆者訳:ナイキ、コカ・コーラ、アップルの3社がウイグル人の強制労働を禁止する法律を骨抜きにするためにロビー活動をしている)

Tyler Sonnemaker, https://www.businessinsider.com/apple-nike-coca-cola-lobbied-china-uyghur-forced-labor-bill-2020-11

ここでは、ナイキが批判対象になっています。ASPIのレポートがかなり確からしいことが裏付けられています。

最後の資料が、欧米諸国や日本・韓国など、比較的経済発展が進んだ国が加盟するOECD(経済協力開発機構)が2011年に出した「OECD多国籍企業指針―世界における責任ある企業行動のための勧告」です。さしずめ、OECDに加盟する各国政府から、多国籍企業への忠告と言ったことろです。

当然原文は英語なのですが、日本語に訳されたものが外務省のHPで公開されています。
(URL:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/csr/pdfs/takoku_ho.pdf

今回は、こちらの日本語版を参考に見て行きます。

この勧告をみると、第1部に「IV. 人権」という項目があることに気づきます。この項目の第3段落は次のように述べています。

3.企業が人権への悪影響の一因となっていなくとも,取引関係により,企業の事業活動,製品又はサービスに直接結び付いている場合には,人権への悪影響を防止し又は緩和する方法を模索する。(傍線筆者)

この傍線を引いた部分は、まさにASPIのレポートが指摘しているような「サプライチェーン」の上での人種差別や民族差別を指しています。この「勧告」には各段落の「注釈」がついてるのですがそこでは、

「取引関係」は,取引相手,企業のサプライチェーンにある事業体,並びに企業の事業活動,製品又はサービスに直接結び付く他の民間又は国の事業体といった関係を含む(傍線筆者)

と直接的に表現しています。

さらには、なぜわざわざこのような「勧告」をしているのかと言えば、(日本政府を含めて)OECDに加盟している国々は、ASPIがレポートで指摘したウイグル人の強制労働とそこでAppleやマイクロソフトやソニーが儲けているという実態を知っているからだということができます。

※ちなみに、どれだけグローバル企業やグローバル化が凄まじいものなのかということはちょうど1年前に出した「国際法から音楽業界を見る」という記事をご覧いただくと、私の基本的な立ち位置がお分かりいただけるかと思います。

ナイキの「偽善」こそ批判されるべきもの

さて、だいぶ大回りになりましたが、話を元に戻します。なぜ、私はいわゆる在日朝鮮人の子どもをCMに起用したナイキこそが批判されるべきだと考えるのか。

それは、ナイキには本心として人種差別や民族差別をなくそうという意思が感じられないからです。本心で民族差別を撤廃しようとしている企業なら、10年以上も前から1万人近い強制労働者を働かせている企業を下請けにはしないだろうし、ウイグル人の強制労働を禁止する法律に反対することもないでしょう。

本心では、いいように少数民族者を使って儲けようとしているのに、その強制労働でできた商品を売るときには「民族問題の解決のためにわれわれは働きます」というCMを流すのは、非常に欺瞞に満ちた態度だと私は考えます。

「やらない善よりやる偽善」という言葉が聞こえてきそうです。しかし、これは世界に名だたる大企業が国境を越えておこなっている活動です。有名人が被災地に向けて1回の寄付金を送るのとはわけが違います。

もちろん、さきほども指摘した通り、ウイグル人の強制労働がサプライチェーンの中に入ってしまっている企業がかなり多数に及びます。同じことをアフリカとか南アメリカなどで調査したら、また同じようなことが出てくるかもしれません。そしてどの企業も現代のインフラにとって重要です。「とりあえず強制労働している工場の製品は全部止めろ!」と言ったら今度は何も作れなくなってしまうかもしれません。

かくいう私も、やはり自分のことがかわいいので、さすがにこれらの企業活動が全部止まったら自分の生活が不便になってしまうなと思います。

しかし、1つ言えることはこのままで良いわけではないということです。そして、少なくとも、多国籍企業の偽善的行為について私たちは常に留意しなければならないのではないかと思います。

今回のナイキのCMの件ではそのようなことが全く議論されず、論点は「日本に人種差別は存在しない」といった意見に対する批判が大部分でした。当然これも無視してよいものではありません。しかし、ナイキのCMは素晴らしいということはもはや当然の前提になっている感すらありました。それは非常に問題なのではないかと思い、この記事を書きました。

あまり落としどころのない記事となっていますが、それだけこの問題が根深いことを表しているのではないかと私は考えています。

最後に、この記事は決して日本に民族や人種にかかわる差別が存在しないということを主張するために書いているわけではないことをもう一度書かせていただき、この記事を締めたいと思います。

最後まで長文をお読みいただきありがとうございました。

こんな記事もあります:
「国際法から音楽業界を見る」

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