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必要なのは「知識」ではなく「スキル」だ―「知識絶対主義」と「知識懐疑主義」

こんにちは、akiです。

2020年日本の教育改革のヒントがここに?

現在オーストラリアの語学学校で学んでいる私akiですが、私のクラスを新しく担当することになった先生がとても興味深いことを言っていたのでここに書きます。

アジアで生まれた英語の先生

彼女はインドで生まれ、ヨーロッパの様々な国で暮らしたあとにオーストラリアに定住して今に至るそうです(こういう経歴の人が何人もいるのもこちらに来てとても驚きました)。彼女がイントロダクションとして私たちに言ったことが「アジア圏と英語圏の教育方法の違い」です。

「Respected Knowledge」と「Questioned Knowledge」

彼女がホワイトボードに大きく書いたのがこの2つの単語です。

「Respected Knowledge」とは「Knowledge(知識)」が「Respected(重んじられている)」ことを指します。日本語で何と訳されているか定かではなかったので「知識絶対主義」と訳してみました。

先生はこれがアジア圏の教育の特徴だと指摘しました。たしかに日本の教育でも「正しい知識」をどれくらい持っているかということが重要視されます。テストでも、大量の知識を正しくインプットしていることが求められます。

アジア圏の国々は人口の多い国が多く競争率も高いですから、大量の知識をインプットするために学生は学校以外にも塾や予備校に通います。多量の知識を持つことで「知性」の基盤が磨かれることは間違いありませんが、この多量の知識を一度にインプットすることが精神的な負担となり、アジアの国々では精神を病んだり、最悪の場合自殺してしまう生徒もいます。

教育方法は、知識を「持つ者(教師)」が「持たざる者(生徒)」に教授する形になり、とても中央集権的なクラスになりやすくなります。これが間接、直接的にまた不登校や自殺の原因となってしまうこともあります。

「Questioned Knowledge」とは、知識は常に「Questioned(疑われる)」ということです。知識は常に「どこかに間違いがあるのではないか」という疑いの目で見るようにという教育がなされているそうです。これは「知識絶対主義」に対して「知識懐疑主義」と訳してみました。

クラスでは教師に対して生徒が自由に意見する雰囲気があります。「正しい知識」を得るのではなく、自らの意見をディスカッションを通してぶつけていくことで最適解を見つけるというやり方がとられています。

一見これはとても良いように聞こえますが、これにより英語圏では一般的な知識に欠ける生徒が多いという問題点もあるそうです。知識への懐疑も「反知性主義」のようになってしまうと逆効果になってしまいます。

では、知識に代わって何が重視されているのかというと「skill」です。Cambridge Dictionaryによれば、「skill」とは

an ability to do an activity or job well, especially because you have practised it

※訳:行動や仕事をうまく行う能力、特に練習によって得られた能力を指す

https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/practise
※訳はaki独自のもの

skill と knowledge の違い

ここで大事なのが、「skill」と「knowledge」の違いです。日本ではどちらも同じことを指すことが多いように私は感じますが、英語は完全に違うものを指しています。

具体例を出すと、例えばギターを見て「これは〇〇という会社が作った〇〇というモデルだ」とわかるのは knowledge (知識)ですが、「そのギターを弾けるかどうか」というのは skill ということになります。

私はいままでこの2つの違いを意識したことがなかったので、とても感銘を受けました。

私たちは skill を学ばなければいけない

knowledge と skillはどちらも重要な力です。いうまでもなく、日本人をはじめとするアジア圏は「知識偏重」であることは否めません。これから私たちに必要なのはさらなる知識を身に着けることではなく、身につけた知識を運用する「skill」を身に着けることです。

2020年に日本の教育は大きく変わり、「アクティブラーニング」がより多くの場面で取り入れられるようになります。これは「Questioned Knowledge」の視点を日本に取り入れ「skill」の習得を目指すものであるのだと思います。

「skill」が必要とされる世界にすでになっている状況で、いまから教育を改革していくのは決して楽なことではありませんが、ひとつの朗報は「skillはあとからでも身に着けられるが、knowledgeをあとから大量に入れるのは難しい」ということです。

日本の教育制度では、運用能力の基盤となる知識は十分に教えられています。ですから、この基盤と「運用能力」の習得をうまく組み合わせることができれば、私たちはこれからの世の中で通用する人間になることができるのではないかと期待しています。

お読みいただきありがとうございました。

参考文献

「池上彰×佐藤優『2020年教育改革で起きること』」、東洋経済オンライン、2019年4月22日
https://toyokeizai.net/articles/-/277376

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