令和は「パターナリズム復権の時代」である―パターナリズムとは

新しい世の中は自由な時代ではなく、むしろ「不自由」な時代?!

こんにちは、akiです。

元号が「令和」に代わってから数週間が経ちました。さまざまな場所で「令和」はどのような時代なのかといった議論が行われ、このテーマでたくさんの記事や動画が出ました。

今回、コームナタでは少し角度を変えて「令和」という時代を考えたいと思います。

まずこの記事では、この論考の核となる「パターナリズム」という概念について説明します。そして、このあと数記事にわたって事例をみながらこの「パターナリズム」が令和の日本でどう作用していくのかを考えたいと思います。

「一部の例外を除いて」自由を享受できる

改元前後で公開された記事や動画、SNS上での言説には、「令和はもっと自由が拡大していく」という趣旨の意見が多かったように思います。それに対してこの連載では、「令和では自由が制限されていく」ということを述べていきたいと思っています。

まず、私たちの「自由」がどのように保障されているかといえば、最も重要な根拠は日本国憲法です。日本国憲法によれば、「一部の例外を除いて」私たちは国家やその他のあらゆる権力に従属することなく自由を享受できます。

〔基本的人権〕
第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

「日本国憲法」、衆議院HPより

憲法11条は、私たちの権利を「侵すことのできない永久の権利」として保証しています。

このように日本国憲法は私たちの「自由」を保障する重要な要素としてしばしば引き合いに出されますが、もう一つこの憲法が述べている重要なことは「一部の例外においてはその自由が制限される」ことです。条文ではそのことが「公共の福祉」という概念で表されています。さきほど引用した11条の次の条文である12条を見てみましょう。

〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

同サイトより引用

「公共の福祉」という言葉は、中学校や高校の社会で習ってうっすらと覚えている方も多いかと思いますが、前述の通りこれは「例外的な自由の制限」です。

そして先に結論を書くと、この論考で主張する「令和では自由が制限されていく」ということは、この「例外が拡大していく」ということです。

ここで「パターナリズム」が出てくる

さて、この「例外的な権利の制限」を語る際に欠かせない概念が「パターナリズム」です。「パターナリズム」と聞くと多くの方は明治時代から近代日本社会の土台となって来た「家父長制」や「家父長権」が思い浮かぶと思います。あまり良いイメージが持たれない言葉です。

しかし、これは「狭義の」パターナリズムです。実は、パターナリズムの本来の意味はもっと広く、「弱者の利益を保護するために、権力を持つ者が強制的に介入すること」を指します。パターナリズムの本質は「権力の介入」なのです。

そして、この「広義の」パターナリズムは現在も非常に有効な概念であり、その重要性は今後増していく可能性が非常に高いです。

この連載の大きな目的は、この「パターナリズム」がいま社会の中でどのように働いているのか、そしてこれからの社会で働いていくのかを考えてくことです。さらに深くこの問題を見ていくために、いくつかの事例を挙げてみていきます。この記事の末尾にそれらの記事のリンクを貼りましたので、そちらからご覧ください。

その前に:「権利・自由の制限」を考えるうえで一番大事なこと

最後に、パターナリズムを使って国や自治体、その他の権力が介入して権利や自由を制限する上で最も重要であることを書きます。

それは、

「その制限に合理的な理由があること」

です。

合理的な理由がなくなったからこそ、太平洋戦争を経て「狭義の」パターナリズムは憲法、そして民法から消え去りました。「広義の」パターナリズムを考えるうえでも「本当にその制限が必要とされていることなのか」という問いが付いて回ります。

そして、この問いに対して(全員とはいわなくても)多くの人を説得できる答えを提示できない限り、その「パターナリズム」は自由に対する「抑圧」でしかありません。

しかし、一方で誰かの権利を認めることによって他の誰かが苦痛を強いられるということもまたあってはならないのです。パターナリズムと権利は、うまくバランスを取りながら両立していくべき考え方なのです。

それでは、事例を見ながら考えていきましょう。

<事例記事>

「危ないから」高齢者の自動車免許は取り上げてもいい?

<参考文献>

「日本国憲法」、衆議院HP、2019年5月18日閲覧
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/dl-constitution.htm#3sho

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