香港「残りの550万人」はどこ?【後編】―世界で2番目に不平等な都市

「民主主義」どころではない「貧富の差」に苦しむ人々

こんにちは、akiです。

今回は、前回の記事に引き続いて現在香港で起こっている香港政府と中華人民共和国・北京政府に対する反対運動について分析します。

前回の記事→「 香港「残りの550万人」はどこ?【前編】 

前回の記事では、「反対運動」には香港に住む人の大多数が支持しているわけではなく、「反対運動」=「香港全体の意思」というのには無理があるのではないかということを述べました。

今回は、反対運動に参加していない人たちがこの運動に加わらない(加われない)最大の理由なのではないかと私が考える「住宅問題」と「貧富の差」という経済問題に焦点を当てたいと思います。

その前に繰り返しになりますが、前回の記事でも書いたことをもう一度書きます。

この記事は現在の反対運動に関する批判ともとれる文言を含みます。ですので最初に筆者の立場を明確にしておきますが、あくまで私は民主主義を信条としています。また、香港警察が負傷した市民の治療を妨害するなどの国際法違反を行っているという報道に触れて強い憤りを感じています。その点については誤解のないよう、この先の文章をお読みいただけますと幸いです。

私は香港に住むわけではありませんし、今のところ日本はこの問題に直接かかわっていませんから、あくまで私は「非当事者」です。ですから、当事者たちの間では私の意見は全く受けいれられないという可能性も十分にあることを分かったうえで書いています。

さらに、この記事で引用元として使用するサイトは、北京政府の影響力があると思われるものを極力排しました。アメリカ、イギリス、オーストラリアのメディアに加え、香港に拠点を置く英字新聞社「South China Morning Post」そして香港政府の統計局(Census and Statistics Department)が出す情報を参考にしています。今回はさらに日本の大学の研究からも引用します。

世界で最も高額な家賃

まず、香港で特筆すべきなのは「超」高額な家賃です。

この問題については、 オーストラリアSBS が非常に価値のある番組をYouTube上で公開していますので是非ご覧ください。すべて英語ですが、映像だけでも私たちが知る煌びやかな香港とは違った視点が浮かび上がります。

https://youtu.be/EUHDAfD0Z-Q

香港は限られた土地に750万もの人が住んでいるため、常に住宅の需要に対して供給が足りない状態になっています。そのため、当然のことながら地価は急騰します。

さらに、すでに高い土地が開発する会社(中国本土の企業を含む)に対してさらに高値で売られることで、土地・住宅の価格はさらに上昇します。当然、低所得者には厳しい環境になります。

香港は様々な税が安いことでも有名です。これがアジアの金融の中心として香港が地位を保ってきた要因の一つと言えますが、これにはからくりがあり、この住宅事情と深くかかわっています。

アメリカCNBCによれば、現在香港で供給される住宅のうちの半数は、香港政府が主体となって供給しています。これは低所得に向けた住宅ですが、これは公共事業ですからこの過程で香港政府は多額の金銭を手にします。これにより政府は税収を必要としないだけでなく、貧困層向けに住宅を作っても政府や施工業者がガッツリ儲けられてしまうという構造になっています。

さらに、残りの半数の住宅は不動産市場によって供給されますが、需要過多な市場において地主に「土地・住宅の価格を下げよう」などという意欲が起こるはずもありません。そういった高価な土地や住宅が富裕層同士、あるいは海外の投資家たちによって投資の対象となり、富裕層はさらなる富を手にすることになります。

そして、低所得者向け住宅にかかわらず香港で行われるすべての土地の売買には必ず香港政府が関わることになっているので、これらの市場からも香港政府は金銭的な利益を得ています。

貧困層にとっては頼みの綱の政府も、税収の代わりに不動産収入でやりくりしてきたので、もし香港全体の家賃を下げると政府に入ってくるお金が減るということになってしまいます。そもそも公的機関である政府がこの市場の仕組み完全に組み込まれてしまっていること自体がおかしいのですが、こうなると政府も家賃を下げられません。当然のことながら、土地や建物に投資する富裕層にとっても同じ理由で家賃は下げられたくありません。

さらに、香港において平均的な人が家を買うために必要なお金は実に平均賃金の18.1倍という法外な価格となっています。日本で考えると、平均収入432万円×18倍=7776万円が必要な計算になります。1億円が見えてくる世界です。もう一度言いますがこれが「平均」です。

日本で年収400万そこそこの人が「1億の家買う!」といったら「何をバカなことを言っているんだ」と誰もが思うでしょう。しかし、これが現実で起こりうるのが香港なのです。

この価格は2位であるシドニーの12.1倍を大きく引き離し圧倒的な世界最高です。ちなみに、住宅が高いイメージのあるロンドンでも平均的な家賃は平均賃金の8.5倍、ニューヨークでも5.9倍です。いかに香港の住宅市場が異常かということがわかります。

あまりにもひどすぎる格差の拡大

ここまでの説明で、住宅市場が香港で生み出される富の重要な部分を占めていることがお分かりいただけたと思います。そして同時に、これが格差の拡大の大きな要素であることも想像に難くありません。

香港の英字新聞社「South China Morning Times」によれば、経済の不平等レベルを表す「ジニ係数」が香港では2017年に過去最悪になり、ニューヨークに次いで世界で2番目に「不平等な都市」になりました(3番目はワシントンD.C)。

賃金格差は非常に大きく、上位10パーセントの平均月収は下位10%の44倍となっています。また、さきほど紹介した動画の中でオーストラリアSBSは香港では現在5人に1人が(相対的)貧困状態にあると伝えています。5人に1人が貧困だとすると、香港の人口およそ750万人÷5=およそ150万人となり、反対運動の参加者に匹敵する数の人が経済的な問題を抱えていることになります。

「民主主義」よりも前に「安定した明日の生活」を求めている人がたくさんいる

ここからわかることは一つ、いまの香港には「民主主義」の是非など考える余裕もない人が大量にいるのではないかということです。

自分の身を危険に晒してまで反対運動に出る人たちはある程度生活に余裕があります。そうでないと逮捕されるかもしれないこの運動に身を投げうつということはできませんし、そもそも「民主主義」について考える時間も持てないでしょう。一方で貧困の人たちはそんなことを考える時間があれば何とかして働いてお金を稼ぎ、明日に向けて食いつないでいかなけれいけないのです。

むしろ貧困に苦しむ彼らからすれば、反対運動をしている人たちも香港・北京政府も自分たちのことには構ってくれないだろう、という思いが芽生えるのではないでしょうか。「反対運動は茶番だ」とまで思うかもしれません。実際に政府もデモに行く余裕のある人たちも住宅市場を基礎とする香港経済で儲けていて、彼らはその被害者なのですから。

彼らにいまの反対運動に対して表立って反旗を翻すような余力はありません。しかし、この反対運動の過熱の影で彼らがこの運動から徐々に距離を置きだすのではないかと思います。もっと言うと、私はこの反対運動が香港の「団結」ではなく「分断」の始まりになるのではないかと危惧しています。

この状況が想起させる、日本のある場所

この香港の状況を見て、私は日本のある場所を想起せずにはいられませんでした。それが、沖縄です。

沖縄といえば、米軍基地問題が重大な政治的問題として挙がります。そして、米軍基地問題は日本に東京政府とアメリカのワシントン政府との間で処理され、いくら那覇の沖縄県庁が叫んでも東京はなかなか意見を汲みません。この構造が香港に非常に良く似ています。

一方で、実は沖縄県は基地と同じくらいかそれ以上に重大な問題を抱えています。それが貧困問題です。

山形大学の小室教授の研究によれば沖縄の貧困率は34.8%(2012年)、東洋大の田辺研究員・同大鈴木教授の調査では16.9%(2013年)で、いずれの調査でも共通しているのが「沖縄が日本で最悪の貧困率」ということです。

2つの研究での貧困率の差は、貧困率を計算する際に参照しているデータが異なることによって生まれたものです。ここで大事なのは沖縄の貧困が日本で「最悪」ということです。貧困が深刻であることも香港と似ています。

当然ながら、貧困層は基地反対のデモに参加することはありません。香港と同じように、沖縄にも「基地の是非より明日の生活」という人が多くいます。

そこで、沖縄で選挙が行われる際にいま東京政府で与党である自民党が主張する公約が「基地より貧困対策」です。

貧困に苦しむ彼らはデモに参加できるような余裕のある人たちの生活を羨むでしょう(もはや羨むという気持ちすら起こらないのかもしれません)。ですから、この「基地より貧困対策」という主張は一定の正当性を持って(特に貧困に苦しむ)沖縄の人たちに受け入れられているはずです。

一方で、政権与党が沖縄の選挙で「貧困対策」を訴えるのはこの格差に目をつけて沖縄の世論を分断しようとしているからだという見方ができます。もちろん経済政策は必要ですが、ここで言いたいのはその「貧困問題」を別の重大な話題から目を逸らすために使っているということです。

私が主張したいのは、このままだと香港も沖縄と同じようにデモに参加するある程度生活に余裕のある人たちと、その人たちの陰でとにかく明日の生活の為に歯を食いしばる人たちが疎遠になっていくのではないかということです。

そして、分断というのはその地域を支配しようとする者にとっては格好の材料です。自ら手を下すことなく、地域を混乱させることができます。こうやって強い者に支配された地域はいくらでもあります。

ですからこのような経済的な分断が北京政府にとって香港をさらなる混乱に陥れる格好の材料となり、いまの運動の力そのものを削ぐことになりかねないと私は考えます。

いまの運動に参加する香港の人たちの強大権力を恐れない姿勢は素晴らしいものですが、一方でその隣にいる経済的に苦しい人たちのことを置いていってはいけないと思います。そして、もし彼らを置き去りにしてこの運動が進んだとき、それは失敗に終わるのではないかと思います。

お読みいただきありがとうございました。

<参考文献>

田辺和俊、鈴木孝弘、『都道府県の相対的貧困率の計測と要因分析』(東京:日本労働研究雑誌、2018年)、2019年9月3日閲覧
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2018/02-03/pdf/045-058.pdf

戸室健作、『都道府県別の貧困率、ワーキングプア率、子どもの貧困率、捕捉率の検討 』(山形:山形大学人文学部研究年報 第13号、2016年)、2019年9月3日閲覧
http://www-h.yamagata-u.ac.jp/wp-content/uploads/2016/04/nenpou13_03.pdf

Uptin Saiidi, ‘Here’s why Hong Kong housing is so expensive’, CNBC, 2019 April 9, 2019年9月2日閲覧
https://www.cnbc.com/2017/04/09/heres-why-hong-kong-housing-is-so-expensive.html

SBS, ‘Hong Kong’s Crazy Rich and Mega Poor’, 2019 April 9,2019年9月2日閲覧
https://www.sbs.com.au/news/dateline/tvepisode/hong-kong-s-crazy-rich-and-mega-poor
YouTubeでフルバージョンを視聴可能:https://youtu.be/EUHDAfD0Z-Q

Cannix Yau & Viola Zhou, ‘What hope for the poorest? Hong Kong wealth gap hits record high’, South China Morning Time, 2019 Aug 30, 2019年9月2日閲覧
https://www.scmp.com/news/hong-kong/economy/article/2097715/what-hope-poorest-hong-kong-wealth-gap-hits-record-high

「香港「残りの550万人」はどこ?【後編】―世界で2番目に不平等な都市」への1件の返信

  1. 香港に住んでいて思うに周庭だけのコメント、SNSをみて香港加油などとお気楽なことを言っている軽薄な一部政治家達、マスゴミ、ジャーナリストよりも核心をついた論評だと思う。

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